ツァイガルニック効果とは、心理学者ブリューマ・ツァイガルニックによって提唱された理論であり、人は完了したタスクよりも未完了のタスクを強く意識し、記憶に残しやすいという特徴を示したものです。20代から30代の会社員の方は、仕事やプライベートで多くのタスクを抱えがちかもしれません。クライアントへの連絡や会議の準備、さらには部下や上司との調整など、一度に複数の業務を進める場面も日常茶飯事でしょう。そんな忙しい日々をこなす中で、なぜか「やりかけのこと」ばかりが頭にちらついて集中できない、という経験をした方は少なくないはずです。実はその背景には、ツァイガルニック効果という人間の心理的な特性が潜んでいるのです。
ツァイガルニック効果が提唱された当初は、レストランのウェイターを対象にした調査がきっかけでした。料理を運ぶ途中でメニューが複雑に変更されたり、お客様の追加注文で混乱しそうな場面でも、ウェイターは未完了のオーダーを鮮明に覚えていました。しかし、注文が全て片付いた後、どのような注文だったかを尋ねると一気に思い出せなくなるというのです。つまり、人は「まだ片付いていない事柄」に関して意識を集中させ続けられるという強い特徴があるとわかりました。このような「未完の状態」が作る緊張感が、私たちの脳内で「終わらせたい」「解決したい」という強い記憶・欲求の源になっているのです。
未完のタスクが気になる心理
一度頭の中に生まれた「やりかけ」という存在は、脳がそれを完了させるように働きかける大きな要因となります。たとえば「半分だけ書きかけのメール」や「途中まで読んだままの資料」は意識の片隅に残り続け、それが小さなストレスとなってあなたの集中力を奪う原因にもなっているかもしれません。逆に言えば、ツァイガルニック効果を利用して自分のモチベーションを保つ方法も存在します。何かを少しだけ開始し、「まだ途中だ」と脳に認識させることで、あなたは続きが気になりやる気を維持しやすくなるのです。
この心理は、20代から30代の会社員に特に効果的です。仕事では締め切りがある業務が多いため、どうしても途中で投げ出すわけにはいきません。つまり、中断を挟んでも再び取りかからなければならない環境が整っているのです。ツァイガルニック効果をうまく活用すれば、効率的にタスクを進めるきっかけを作れますし、記憶や集中力の質を高めるヒントにもなります。では実際に、日常の中でどのようにツァイガルニック効果が働いているのか、3つのエピソードを通して見ていきましょう。
エピソード1：途中で切り上げた勉強時間
たとえば資格試験や昇進試験に向けて勉強していたとしましょう。毎日決まった時間に教材を開き、参考書を読む習慣を続けている人も多いかもしれません。しかし、仕事の疲れなどでなかなか集中できず、勉強を完全に終わらせる前に「少しだけ進めておいて、あとは明日にしよう」と切り上げることがあるでしょう。すると次の日、「あれ、昨日の続きはどうなったっけ？」と気になってしまうことがありませんか。これはまさにツァイガルニック効果が発揮されているのです。
未完了の状態を意図的に残すことで、続きが気になり、次回の学習モチベーションが高まりやすくなります。実際に、あまりにもスパッと終わらせてしまうより、いくつかのポイントを「まだ理解しきれていないかもしれない」と自覚する方が、脳は自然と「あと少しで完成する」という意識を持ち続けるのです。これは勉強だけでなく、仕事のタスクにも応用可能です。たとえばプレゼン資料をゼロから最後まで仕上げるのではなく、あえてレイアウトを少し調整しきれないままにしておくことで、翌日すぐに作業を再開するエネルギーを手に入れられるかもしれません。
エピソード2：先送りしがちな資料作成
多忙な会社員生活の中では、どこか気が重くなる資料作成タスクがあるかもしれません。上司に提出するレポートや提案書など、完璧に仕上げるにはある程度の集中力が必要で、日々の業務に追われていると「もう少し後にまとめてやろう」と後回しになりがちです。しかし、先送りするほど「やらなきゃいけないのに終わっていない」という未完了の状態が長く続き、次第にストレスも溜まっていきます。
そこで、ツァイガルニック効果を逆手にとってあえて最初だけ着手し、「少し手をつけたまま」にしておくことが有効です。たとえば提案書のタイトルや概要欄だけを先に作り込み、あえて中身は白紙のままにしておきます。そうすると脳は「続きが気になる、残りを完成させないと落ち着かない」という状態になり、次の作業に取りかかりやすくなるのです。一気にすべてを仕上げる余裕がなくても、まずはファイルを開いて構成だけ打ち込んでおくなど、未完の状態を少しだけ作ることでモチベーションを喚起できます。
エピソード3：盛り上がりの途中で中断した飲み会の記憶
プライベートでもツァイガルニック効果を目にする機会はあります。たとえば、友人や同僚との飲み会がとても盛り上がっているところで電車の終電時間が来てしまい、泣く泣く解散した経験はないでしょうか。楽しい時間がまだ続いてほしいのに唐突に中断されたため、「あの話の続きが気になるな」「もっと盛り上がれたのに」と後になっても記憶に強く残ることがよくあります。これも未完了のまま終わった飲み会が頭に引っかかっているという、ツァイガルニック効果の一例です。
このように、物事が中途半端に終わると私たちは「本来ならもっとできたはず」「やり残した部分がある」という思いを抱き続けます。その思いが、次に同じ仲間と集まる際にもっと積極的に予定を立てたり、より楽しい企画を提案したりするエネルギーになっているのです。飲み会も立派なコミュニケーションの場ですから、その経験を仕事仲間との関係作りに応用すれば、社内の連帯感やチームワークの向上にもつながる可能性があります。
仕事や日常への取り入れ方
このように、ツァイガルニック効果は「未完の状態」を意図的に作り出すことで、人の注意を向け続け、モチベーションや記憶力を高めるのに役立ちます。仕事面では大きなプロジェクトのタスクをすべて一気にやり遂げようとするより、区切りをつけて少しずつ進める方が、集中力も高まりやすくなるでしょう。また、少しだけ手をつけることで自分自身に対して「もうやり始めているのだから、続きを完成させなきゃ」という心理的なプレッシャーを与えられます。これは先送りを減らす方法としても大変有効です。
一方で、あまりにも細切れにしすぎると逆に落ち着かなくなるリスクもあります。未完了のタスクが多すぎると「やらねばならないことが山積み」という感覚ばかりが強まり、逆にストレスが増してしまう場合があるからです。したがって、区切りと未完了のバランスを見極めることが肝心です。途中までやることで次の行動のハードルを下げ、しかし途中を抱えすぎない範囲にとどめることが大切になります。日常的に使うツールやシステムでも、あえて「下書き保存」を多用し、細切れのタスクを少しずつ進めながらも、最終的に完成させる流れを作ると効果的です。
すぐに試せるアクションプラン
もしあなたが、なかなか手をつけられない仕事やプライベートのタスクを抱えているのであれば、まずはほんの一部だけ着手してみることをおすすめします。具体的には、読みかけの資料があれば次の章の最初の1ページだけ読んでみる、あるいはメールを書き始める際に挨拶文と宛先だけ入力して保存しておくといったやり方です。すぐには完成しなくとも「始めた」という事実が、ツァイガルニック効果による「未完了の緊張感」を刺激し、次のステップへの意欲を引き出します。
そして、次のタイミングで再び作業を開始する際には、すでに頭の中でタスクが半分以上占められている感覚になるかもしれません。「終わらせなきゃ」という思いが根付き、自然と集中力が高まるはずです。また、会社で企画書やプレゼン資料を作る場合には「いきなり完璧にしようとしない」のもポイントです。最初は荒削りでもかまいませんので、全体の大枠やタイトルだけ作っておき、翌日や少し時間が経ってから細部を完成させるとよいでしょう。こうして段階的に進めることで、途中段階の状態が意欲を持続させるモチベーション源となり、結果的にスピーディーかつ質の高いアウトプットが期待できます。
もちろん、途中で熱量が下がったり、別の優先度の高い仕事に追われてしまったりする場合もあるかもしれません。しかし、その場合でも「やりかけの部分がある」という事実が消えない限りは、頭の中には常に「あれを片付けなければ」という小さな灯がともり続けます。大切なのは、その灯を絶やさないために、ほんの少しでも手を動かす機会を作り続けることです。ツァイガルニック効果は、こうしたあなたの「やり遂げたい気持ち」を絶妙に刺激し、最終的には行動を支える大きな原動力になってくれるでしょう。
結び
ツァイガルニック効果は「完全に終わらせることだけが正義ではない」という、ある意味で逆説的な考え方を教えてくれます。人間は中途半端な状態で放置された物事に対して強い興味や関心を持ちやすく、それが行動や記憶、さらにモチベーションに深く作用しているのです。20代から30代の多忙な会社員の方々は、何でも完璧に仕上げようと無理をしてしまいがちですが、時にはあえて「途中」の状態を残すことで、脳の働きを上手にコントロールし、結果的に能率を上げることが期待できます。
大事なのは、やり残しているタスクに対して「すぐに手をつけられる」「すぐに続きを進められる」状況を作り出しておくことです。途中で区切りをつけたからこそ次が気になる、完成していないからこそ続きが見たい、そんな自然な心理を利用すれば、今まで先送りにしていた仕事や、途中で挫折していた自己啓発の学習もグッとやりやすくなるかもしれません。ぜひ、明日からでも、いや今からでも試しに少しだけ手を動かしてみてください。ツァイガルニック効果がもたらす「あと一歩で完成する」感覚は、日常のあらゆるシーンであなたの行動を後押ししてくれるはずです。中途半端があなたの強い味方になるという新しい視点を取り入れ、毎日の仕事や生活をもっと充実させてみてはいかがでしょうか。
